なんとも変わったタイトル(…なのはこの作者の味だが)の本書は普通のイメージする小説とやや異なる。なんとショート漫画が散りばめられているのだ。
本書の成人した「勇者」三人は時に折れることの痛みを味わいながらも、敵に抗い続ける。
その敵は社会であったり、「鳥」であったり…。
理想の形
節々に漫画が挿入されており、主人公たちに起きたことや、これからやってくるであろう予感を童話風な絵で描かれている。
これは奇をてらうつもりではないということを作者はあとがきにて語っている。
思い描いていた形が実現するまで10年という時を経たという。
アイデアは自分の世界を変えてくれるけども、ルールに忠実であったり慎重な世の中の前ではバリアによってはじかれるものだ。
なんだ、せっかく思いついたのにと拗ねるか、バリアの隙を捜すなり協力者を得るなりして突き進むか。今この時も、折れる者がいれば闘志を燃やしている者もいる。
サンテグジュペリの有名な作品の表紙を思い出す絵柄は、温かみがあり箸休め気分で楽しめる。
敵は鳥?
争いはそこかしこで起きている。歴史的にみても、現在に至っても。気楽でいいなぁとよく言われる猫でも、外で生きるのは大変だ。
自分の、あるいは自分達の安心を揺るがすもの。安全に満ち足りた生活を送るには、時には戦わなければならない。
とある大手製菓会社で働く主人公の岸は、仕事をこなしつつ妻のお腹には子どもがいて忙しくも充実した日々を過ごしていた。
誰でも会社のトップになれるチャンスがあるからか、人の業績を横取りしようとする上司もいるが、後先考えずにいたり勝手な行動をする人の尻拭いをしなければならない。
一度は離れた部署に応援として戻って来てくれないか、と上司に頼まれた岸は再びクレーム対応をすることに。岸の仕事を引き継いだ社員が電話で雑な対応をしその後欠勤、という理不尽極まりない振り出しスタートを切る。
そんな中、仕事がらみで知り合った議員がハシビロコウに見覚えはないかと訊ねてくる。
この池野内議員という人物は夢日記をつけていた。鳥が夢に出てくるだとか、そこでの戦いに勝てば現実でも問題が解決するとか話を聞いていると怪しさのにおいが増してくるばかり。一体この男は仕事も忙しいだろうにその話を真剣にして何がしたいのか…?
もしかして勇者?
製菓会社で働く一般人と議員、さらにもう一人この二人とはイメージが真反対な人物が同じような夢を見ていた。小沢というアイドルグループの一人だ。
やはり彼も夢に鳥が出てくるという。大きな嘴で何か企んでそうな顔をしたハシビロコウ。
三人の共通点はというと、同じ日に宿泊施設に泊まり火事に遭っていたことだ。
頑なに、夢で出てきた生き物との戦いに勝てば現実でもいい方向へ、負ければ悪い方向へ結果が左右されると信じて疑わない池野内議員の意味と真相はいかに…。
戦うという点でいえば現実でも色々な重圧や理不尽と戦っているが。夢での戦いと彼らに行き先を示してくれるナビ的存在のハシビロコウの目的は何なのか?
さいごに
本書を読むと、ハシビロコウは見た目からも漂っているが(失礼)狡猾なイメージだ。けれど動画を調べて観ると愛嬌が(所々に)ありそこまで悪い印象は無かった。
それこそが罠かもしれない…。
夢に出てくるハシビロコウは、どこへ行きそこで戦うべきか示していた。戦に向かう側は「指示に従う」という安心を得る。
物語や芸術においても、これはこうですよと道しるべがあると、各々感じ方は違いつつもそれなりの着地点に辿り着く。
けれど『クジラアタマの王様』は起・承・転まで丁寧に道案内してくれたというのに、その者がぱっと飛び去ってしまったかのようだ。まさしく鳥のように。
最後まで一緒に付き添うと思ったか、ふふん。
あのハシビロコウは自分の中の「不安」と「打ち負かすべき敵」であり、そして作者の化身でもあるのかもしれない、と個人的に思う。
なんてずるいラストなんだろう。