被災地をさまよう霊たちは何処へ。3.11後のエピソード

奥野修司著:『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞くー』(新潮文庫)

日本を、世界を恐怖に陥れた東日本大震災。(2011年3月11日)

小さな島国に住まう人々の生活と心に傷をつくった自然災害の一つ。本書の筆者は気仙沼(けせんぬま)市を主に、数回にわたり足を運び取材をした。掲載内容は多くが不思議な体験、いわゆる「霊体験」だ。現代の科学でははっきりと解明されないジャンルだが、被災地では多くの人が「人ではない人」を目撃したり、奇妙な体験をしている。これは一体…?

最近この災害に関することとしては、映画『Fukushima 50』が2020年3月6日に上映が開始された。

経済的にも大ダメージを負い、津波にのまれたり物の下敷きになってしまった人が多く、またその家族や友人や顔を知る人にも傷を残した。本書ではその後にスポットライトを当て、被災地にいる人々の思いと自身の体験を綴っている。

3.11という数字の重さ

 

その日、あたなは何をしていただろうか。私は上級生の卒業式予行か何かでいつもより早く学校から帰り、なんとなくテレビを点けたことで知った。

衝撃だった。リモコンを取るまで、テレビが光を放つまで震災があったなんて知らなかったからだ。

見慣れたニュースは、「明日地球が割れます」とでも知ったかのような重い雰囲気と慌ただしさ、深刻さを帯びていた。私は制服姿で立ったまま、口を半開きにしてテレビを観ていたのを憶えている。

日本の半分は揺れに体を委ねていたというのに、西日本はいつも通りだったのだ。

どこか外国の貧しい町が映っているように、悲惨だった。実際、そこはもう日本と思えなかったほどに洗われていた。画面越しにしか知ることができなかったが、今後に大きく傷を残す出来事だとは分かった。

今では3.11と聞くだけで何のことか分かる。それでも年を重ねるごとに傷は増えていき、日本全体が疲弊の色を見せている。どれほど大きな損害がでても、生活ができるように戻していかなければならない…。

霊はいるのか?

 

人だと思って見ていたらすぅっと消えた、普通ではありえない場所でノックの音が…など怖い話でよくあるが、実際霊はいるのだろうか?

いるのならいるし、いないのならいない。そこは個人の自由であり、定めるところでもないと思う。

(ここからは霊ありきの話だが)時間は常に進む。なのに、河川敷で兵隊の恰好をした人の行進を見た、とか着物姿の女の人が写真に映っているとか、時代がずれている霊の目撃情報がある。

いわば戦国時代ものの映画に冷蔵庫が映るくらい、ちぐはぐな光景がその人には見えたということだ。馬や鎧、洗濯板と一緒に家電製品が映るのは何とも妙だが、今から時を遡って雰囲気を再現しているのだから、制作側にミスがない限りそんなことは起こらない。

では、「見た」と言う人は霊側が「あっ、服装間違えちゃった」と気づくまでに目撃したのだろうか?

勿論そうではないだろう。時がそこでとまっているのだから。

本書では、亡くした息子が仮設住宅に遊びに来た、もう二度と戻らないと思っていた物が海に流されずに家の近くに残っていた、東京に暮らす女性が夢で遠く離れた気仙沼市にいるおばあちゃんの様子を見た、など実に「信じられない」ことがつらつらと書かれている。

それは思い込みか、偶然か、現実を受け入れられないあまり起こした錯覚か。

なんにしてもその人たちにとっては「現実」として起こった。

遠く離れた、例えば地球の裏側で生きた妖精を捕まえたと誰かが言ったとしよう。それはそこにいない人たちにとっては疑いの余地があり、「そんなばかな」と笑うことができる。

けれども、当の本人には現実にあったこととして受け入れられる。現実味のあるない関係なしに、その事柄から自分が離れているほど冷静に見ることが出来る。霊や妖精以外であっても。

この本の存在理由

 

『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞くー』は数々の信じられないことを、「本当にあったことなんだ!」と訴えるのではないと私は思う。

海にかえった人々は、それぞれに物語を持っていた。そして、その物語は引き継ぐ誰かがいてこそ生きる。体はなくとも。

土地が海で洗われ、家があった場所に船が横たわり、遺体が見つからず捜し待つ家族。

一瞬のうちに消えて行った命の数々の物語と、またそれに関わる人たちの物語がこの同じ世界にあるのだということを、いつの時代でも心に刻めるように。

あわよくば、3.11を知らない子どもたちにもいつしか知ってもらうために。

被災地を彷徨う魂の時を止めるのは、生きている人々。生かすのも体をもつ人。体は老けていくけれど、魂は不変であると信じたい。

奥野修司著:『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞くー』(新潮文庫)単行本
奥野修司著:『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞くー』(新潮文庫)文庫

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